現在の状況

新阿多病院建設予定地(元阿多小学校跡)について 令和5年7月30日更新


古い話になりますが、前阿多病院理事長橋口茂氏が閉鎖病棟を伴う精神科を昭和27年に開設されました。 橋口茂前理事長の卓越した経営手腕により阿多病院は県内有数の精神病院として成長発展を遂げられます。それと同時に諸々の弊害も表面化しておりました。

 

住宅地の中に存在する閉鎖病棟を伴う精神科施設のため近隣への奇声、わめき声などによる環境の悪化、道路を挟んでの阿多小学校の子供たちへの安全への懸念。当時は入院患者の方々の脱走が頻繁でご父兄の方々からの不安と心配が高まっており社会問題化しつつありました。そういう状況の中、本来であれば環境を悪化させている閉鎖病棟を伴う精神科の阿多病院が移転すべきところを地元の有力者であられた橋口茂前理事長のご意向と政治力で阿多小学校が昭和41年に移転します。そしてその翌年度昭和42年5月31日に公共の財産であった阿多小学校の跡地は阿多病院に払い下げられ阿多病院の所有となり現在に至っております。移転先の阿多小学校は令和5年3月に廃校になりましたが、体育館、プール等を備えた立派な小学校になり、阿多地区全体からの阿多病院への非難の声は消えましたが近隣住民への奇声、わめき声等の問題は残されたままでした。

 

 

尚人会阿多病院前理事長橋口茂氏は金峰町の町長、県会議員、最終的には県会議長も務められ阿多の多くの方々が畏敬の念を持って語られ地元の誇りとされておられます。一方で功績を評価されながらも選挙の手法や権力者としてのモラル、権力の行使については否定的な声なき声も少なからず今も尚根強く記憶されている印象も持ちました。

 

次回は新阿多病院建設の闇について皆様と共有できればと考えております。